たとえ真実がわれわれに何をすべきかを指示しない場合があっても、それは常にわれわれに何をすべきでないか、また何をやめねばならないかを指示するであろう。
『文読む月日』ちくま文庫 レフ・トルストイ 作 北御門二郎 訳
真実というと、それ自体が意味を持つあるいは関連したものに意味を与える事柄として考えていますが、消極的な意味合いも持っているという洞察ですね。
かみ砕くと、「真実が正しい道を示さない場合でも、誤った道を避けることはできる」というような意味で捉えるのがよいでしょうか。
例えば、トルストイは社会一般の問題を政治に求めても解決しないが、自分の生活を顧みることで改善していくと信じていました。
政治に社会問題の解決を求めることでよくなったことはない、という真実から政治に傾倒してもろくなことにならないとい、むしろ自分たちの身近な生活態度の改善が大事だという含蓄を残しましたね。
何をすべきでないか、何をやめねばならないか、という言葉からはより道徳的な文脈を意識していそうに感じますね。
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