尋ねられたら何一つ隠すな。しかしながらその必要のない場合は、自分の悪事について語らぬがよい。
『文読む月日』ちくま文庫 レフ・トルストイ 作 北御門二郎 訳
求められたら正直になる必要はあるけど、自分に不利になることは進んで言わなくてよいという風に見えます。
前段は信仰のため、後段は自分の利益のため、という風に見えるのですが正しい解釈でしょうか?
キリスト教には懺悔という文化がありますから、自分の悪事について語って罪を認識して改めようという考えがありそうなものですが。
後段を信仰のためという風に解釈するには、悪事を敢えて語ると周囲に悪影響があるから自分のためではなく、周囲の心を乱さないために語らない方がよい、という風にも考えられます。
トルストイは若いときは罪だらけだったということですから、自己弁護の線もあるのかな?と思いましたがすべて赤裸々になっている人なので、どうなのかなと。
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