富者の満足は、貧者の涙によって得られる。
『文読む月日』ちくま文庫 レフ・トルストイ 作 北御門二郎 訳
古く西洋では、全体の富は一定で貧富の差はその取り分の不平等のためであるという考えが一般だったそうです。
金本位性ですから正しそうです。現代では一定ではなく多寡のバランス、つまり受給で決まるというのが原則だと思いますからこの箴言の信ぴょう性は一考の余地ありそうです。
ただ、直感的には合っていますよね。お金持ちをみたらあの人は何か悪いことしてるんだわ、という冗談まじりの誹りは定番です。
貧者は自らの努力不足で貧者のままなのだ、という理屈も聞きますが、最近では努力自体が可能かどうかも遺伝で素質が決まっていることが明らかになってきているそうです。
能力の差、生まれ持った素質の差で貧富が分かれるということが当たり前に認識された時、貧者の後ろ盾は宗教の力、ということになりそうです。
生物学的に現代の社会制度が合っていないだけで、遺伝子の多様性のために保護すべきだという論もありそうですが、人権という観点では宗教の後ろ盾がないと認められないでしょう。
そもそも人権という概念がキリスト教的ですので、意外と現代日本はキリスト教の土台を持っていると言えるでしょうね。
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