不合理な生活から来る苦悩は、われわれに、合理的生活の必要性を意識させるに至る。
『文読む月日』ちくま文庫 レフ・トルストイ 作 北御門二郎 訳
快不快の欲求が生き物の根底にある判断軸だと思いますが、合理についても同じだと言っているようですね。
ここでいう合理というのは信仰の合理ですよね。
つまりトルストイにとっては良心に従って生きるということが常に信仰に適う生活であり、合理です。
良心に従わない生活はモヤモヤや自己嫌悪、生活の堕落に繋がりますから、信仰としては不合理です。
不合理に陥っていると合理を意識するようになるということですね。
館川談志の快不快の話を思い出します。古いですか。
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