何を手に入れ何を使用するにも、これは人間の汗の結晶であり、これを消費したり、壊したり、失ったりするのは、人の汗の結晶を壊し、人間の生命を消費するのと同じだということを忘れぬがよい。
『文読む月日』ちくま文庫 レフ・トルストイ 作 北御門二郎 訳
額に汗して得たパンのみが正当であるという考えと一貫した考えですね。
その延長線上の理屈で、その人にとっての正当な報酬を害することは額に汗した労働自体を無価値にしてしまい、労力を失っただけにさせてしまうということに非難の主題があると思います。
かけた時間は何をしても補填できませんから、有限の人生を無駄に消費させてしまったというわけです。
一方で、貴族と奴隷、地主と小作人などキリスト教が展開していった時代背景には一方的に労働搾取する文化がありましたから、現実は厳しいですね。
宗教が社会的弱者に浸透していくのはこのような現実の理不尽を間違っていると言ってくれるからというのもありそうです。
実際、イエスの語りかけはガラリヤの日雇い労働者や小作人など立場の弱い人に向けたことが殆どだったそうです。
クーデターとは言わないまでも、そのような人たちを結束させることはローマ帝国としても脅威だったのでしょう。
数百年かけて国教として認めざるを得ないようになったというのは、このような立場の人たちが人口の多くの比率を占めていたからで、その浸透性には目を見張るものがありますね。
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