『文読む月日』-3月21日

文学

現にこの世の中にわれわれの奉仕の場所はある。それゆえわれわれは、この世での奉仕の実践に全力を傾注しなければならない。

『文読む月日』ちくま文庫 レフ・トルストイ 作 北御門二郎 訳

輪廻転生や来世救済はともすれば今現在を蔑ろにすることになります。
トルストイは時間についても洞察を残しており、我々にあるのは過ぎ去っていく現在しかないというような考えをしていました。

キリスト教はじめこの種の自己犠牲精神については個人的に疑問があります。
現世救済されず、肉体的危険を伴う信仰の実践をむしろ高尚なものと見ているように思います。
信仰の実践の中で、たとえば敵に自分や家族を害されそうになった時どこまで抵抗できるのでしょうか?
敵が話し合いや交渉に応じる限りは工夫の余地がありそうですが、戦争などは現実に起きており個人間での工夫などは挟まる余地がないでしょう。
一人身であれば信仰の実践もできるかもしれませんが、何の罪もない身内や子供を害されることに無抵抗であってよいのか、昔から議論されていそうですが不勉強なので答えらしい答えは見つかりません。

信仰を自分の領分で貫くのはいいですが、他の人を巻き込むことはよくない、というのが現代の答えですかね。
身内や子供を守るのは信仰とは別の領域のことに思います。

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