『文読む月日』-2月21日

文学

われわれの動物に対する行為には、なんら道徳的意味がないと思う迷妄、もっと平たく言えば、動物に対しては、われわれにはなんらの義務もないと思う迷妄、そうした迷妄のなかには、実に忌わしい残忍性と野蛮性が顔を出している。(ショーペンハウエル)

『文読む月日』ちくま文庫 レフ・トルストイ 作 北御門二郎 訳

肉食否定、菜食主義から進んで果実食主義のススメを提唱するトルストイですが、現代の栄養学の観点からは健康によくないことが分かっています。
やるとしても体の成長が終わって代謝が鈍ってきてからがいいと思います。
成長のため豊富な栄養が必要な赤ちゃんや子供に強いるのはむしろ良くないでしょう。

自然科学の観点から肉体的な健康(ひいては精神的な健康)の秘訣が明らかになってきているので物質的には間違っていると言えそうですが、宗教的なスタンスとしてはまだ検討の価値があるとは思います。

生き物を殺すことへの忌避は多くの宗教で共通です。命大事に、は社会動物に普遍な価値観でしょうね。
特に生活に非殺生が根付いているのはジャイナ教でしょう。
ジャイナ教では、目に見えない生き物の命さえ奪ってはいけないという非暴力の教え(アヒンサー)が厳格だそうで、特に僧侶は歩く道を予め箒で掃いてから歩かなければならないほどだそうです。
意図せずに行ったかもしれない殺生も、懺悔し精神の浄化を行ったり、8-9月頃年に一度の「パリウシャナ祭」では僧侶も一般人も一緒に自分の罪について反省し、親族などに許しを求める習慣があるそうです。

完全に殺生は回避できないと認めつつできる限りの努力を尽くし、不可避な殺生についてはカルマの一環として受け止めるということで折り合いをつけて生きているそうです。
だいぶ息苦しそうですが、顕微鏡で微生物がたくさんいると分かった時の衝撃がいかほどだったか気になります。

こんなジャイナ教でさえ、何を食べてよいかは人によって線引きがまちまちだそうです。
肉は絶対食べないそうですが、食べていい野菜や乳製品は結構気持ちの問題が大きいらしいです。
やはり厳格に守っていくと健康を害すので、できる範囲で気にする、というのが伝統から導き出される現実の解なんでしょうね。

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