人が自分の守るべき掟を意識するのは、彼のなかに住む神が姿を現わしたことである。
『文読む月日』ちくま文庫 レフ・トルストイ 作 北御門二郎 訳
人がもつ良心を人が意識して守ろうという意識を持てるのはなぜかというと、良心の大本である神が心の中にその性質をしているからである、という宗教的な譬えで語っています。
トルストイは人間の本性は良心を持ち、それを実行する性質であると考えていました。
なぜなら、人間の魂は神から分かたれた一部であり、神はその完全性から善であり、善の性質が人間の肉体を支配し得るからという考えです。
しかし、物質の世界で肉体を支配し続けるのは難しく、信仰心をもって克服していかなければいけないという考えですね。
特に義務感という形で意識されることが多い印象です。
善く生き「なければいけない」という義務感によって、良心が本性であるという主張の根拠としていることがしばしばあります。
義務感を根拠とするのはカントに影響を受けているような印象を受けます。普遍的法則がキリスト教的な神、人間の意識できるところで言う良心という位置づけになるわけですね。
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